オビスポ通りにあるホテル・アンボス・ムンドスは、アーネスト・ヘミングウェイが常宿としていたホテル。 5階の511号室からの眺望は、今も変わらず訪れるものたちに心やすまる景観を提供してくれる。
ホテル・アンボス・ムンドスを常宿にしていたヘミングウェイは「誰がために鐘は鳴る」をこの部屋で書き下ろした。 1939年、スペイン内戦から帰還したヘミングウェイはキーウェストからマーリン(カジキマグロ)釣りを目当てにハバナに寄るようになる。 この時からここホテル・アンボス・ムンドスに理想の仕事場を見いだす。 五階の北東の隅の部屋、511号室を彼は仕事場に選び、新しい小説を書き始める。その題名は言うまでもなく「誰がために鐘は鳴る」である。 部屋の窓からは今も当時と同じ光景が。 北には古いカテドラル、東に石造りのスペイン・コロニアル風の民家が瓦を並べているのが眺められる。
そして、1940年の暮れにここハバナの郊外、サンフランシスコ・デ・パウラのフィンカ・ビヒアに白亜の邸宅を手に入れる。 敷地内は樹木が生い茂り灼熱のキューバを忘れさせるような涼風が吹くサンフランシスコ・デ・パウラの小高い丘の上にある。 ハバナの旧市街の行きつけのバーにもマーリン(カジキマグロ)釣りに最適な コヒマルの港にも近いここは、彼にとっては最高の場所に他ならない。
熱帯の太陽を受けてまばゆいばかりに照り返す白いフィンカ・ビヒアの邸宅は当時の妻、メアリーの部屋、キッチンとダイニングルーム、リビングルーム、書斎、ベッドルーム、コレクションルーム、バスルームからなっている。 正面入口を入るとすぐのリビングには、彼の大きなイスがあり、当時を偲ばせる白濁した酒瓶が今も並び、 中には当時のラベルの「 ハバナクラブ」も見ることが出来る。 壁に掛かる剥製の中には、当時、ムッソリーニがヘミングウェイに売って欲しい、と未記入の小切手を送った、という逸話が残っているという代物である。 レコードディスクも彼が好んで聞いた往年の名盤が並んでいる。
キッチン・ダイニングルームには、スペインのタベルナで使われるようなテーブルとイスが、佇む。 彼の趣味らしく、妻と二人でデザインをし、キューバの家具屋に作らせたオーダーメイドだそうである。
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